新いずみ囲碁ジャパン神田

社長日記


2018/01/17(Wed)  (25)大会と言う責苦

このところ大会についての希望、照会等のメールが急増している。大会の年次計画は? 社会人大会は? 学研子供大会は? 娘が昨年参加し本当に喜んでいた。又行きたいと言っている。情に絡まれたらこちらは特に弱い。個々には丁寧に回答していくつもりですが、こんなに「いずみ」の大会が期待されていたなんて思いもしなかったです。「大会です。御参加よろしくお願いします」と一年中連呼していたようなものですから。
まあそれはともかく、今後どうなるか。
前提は神田は八重洲の40%程度の規模だということです。従って、従来の大型大会はそのままでは開催出来ません。全て全碁協に委譲しました。只全碁協と言えども場所があるわけではありません。結局は日本棋院でと言うことになるでしょう。又「社会人大会」はいずみのオリジナル大会として多額の経費を投入してきたもので棋院も引き受けないでしょうね。そう言う限られた環境の下で、「いずみ」が囲碁界に貢献できることは何かを考えて行かなければなりません。大会が駄目なら小会はどうか。現在HPに「交流団体」の登録を始めました。対外交流の意欲のあるところは是非登録をお願いします。キャパから考え一部の人しか参加できない。これを機会に、13路。初心者。級位者。有段下位。有段上位。トップクラス等にランク分けする。特に今まで対外交流の機会に恵まれなかった13路。初心者。級位者等に力注したい。これが我々中規模以下の碁会所の成しうる又なさなければならない使命とおもいます。
これを個々に当事者同士で相談してとなると大変です。私共がその中間に立ち、触媒剤の役割を果たします。

2018/01/14(Sun)  (24)新たなる悩み。予約

碁会所の入場数と言うのは常に「は行」的だ。多い日もあれば少ない日もある。過日は予約席だけで満杯になってしまい、係は右往左往。常連の方々からは、我々が入れないのかと言う苦情が。そこで常連のY氏の提案。常連の為に特別席を最初から確保しておいたらどうかと。5〜6名分でよいのだから。その代り一人100万円位出してもらい株主的な扱いにしたらよいのだと。なるほどそれは名案だ。だが再考するにお客さん間の公平性は保てない。それに5〜600万なんて見たこともない多額の金が入ったらその使い方が分からない。昔土地成金がパチンコで身を持ち崩した例もある。そこで100万円の代わりに常連と言えども「予約」をしてもらうのだ。
「又明日来るよ」と一言言っていただけばよいのだ。100万円より安く簡単だ。Y氏提案は有難いが応じられない。この私の提案は今日から即実行ということにしたい。

2018/01/12(Fri)  (23)地域に根を

1月10日を期し、公益社団法人神田法人会に加入しました。今までは地域と言う発想は余りなかった。だが神田の住人になり、法務省の登記簿に神田と記入されると、俄かに「俺は神田人だ」ならば、神田とういう地域に根を下ろし、地域と共に生きて行かなければならないと考えました。そこでまずは法人会に参加したのです。実際はそこで何が行われ、私に何が出来るかわかりませんがとにかくスタートです。将に「人生は今日が始まり」(田中真澄卓上カレンダーより)

2018/01/10(Wed)  (22)続・棋戦登録

このタイトルは不適切で何を意味するか不明ですよね。これからは時代に合った、小会をきめ細かく積み重ねて行くことが大事だと思います。大くくりな「社会人大会」というようなものから「○○会社と○○○協会」との懇親碁会というような具合です。従来の囲碁クラブはどちらかというと内向き姿勢が強かった感があります。仲間うちだけでやるのではなく、外に向かって動くことが大事だと思うのです。特に高齢化で陣容が縮小気味のところが多いので。要は「縮み状態から縮み思考」におちいらないことです。外に向かって動く。まあ異業種交流てきなものです。そう言う意欲がある、又可能性がある団体が増えることが望まれます。そういう団体を登録していただきたいという意味なのです。それを我々が触媒剤(表現がおかしいですが)になって「棋戦」に高めて行きたいという訳です。従って棋戦は少し先の事であって、「棋戦登録」という表現はどうも不適切。どういう表現にしたらよいですかね。

2018/01/09(Tue)  (21)棋戦登録

年始早々お客様よりの申し入れ。大会の年次予定。特に「社会人大会」に強い関心があると。
「すみません。ハードにアップアップで、未だソフトまで手が回りません。一応落ち着いてきたので、これからです。少々お待ちください」と。
そこで「大会」ですが、従来の200名を超えるような収容能力がありません。
従って大会の有り方を抜本的に変えないといけないと考えております。例えば大大会はやめ、少大会(小会と言うべきか)的な予選方式にするとか。要するに、いたずらに「大」を誇るのではなく、小さくても、人間関係が濃密になるような、肌理細かい配慮が行き届く「少会」をより数多くやるべきが今後の方向ではないかと思います。
一寸話は変わりますが、少子高齢化時代。野球なんかでも、選手が集まらなくなり、近隣の市町村の応援を仰ぐ時代です。
囲碁の世界でも、既に会社対抗なんて成立しない時代に入っています。同業連合、とか協会レベルで考えないといけない時代に入っているように思います。(続)

2018/01/06(Sat)  (20)続毒唇主義

最高に面白い部分を紹介しようと思ってNO3を書いたが投稿直前に原稿が跳んでしまった。そこで再考するに、そんなことをしたら本屋が困る。相撲より囲碁を書けということかもしれない。そうこうしているうちに、既にH30年の営業が始まった。
年始の新聞は皆「少子高齢化問題」を取り上げていた。そういう前提ですべてを考えるべきだと。例えば、少年野球の選手が集まらない。隣町から応援を頼むというようなことが日常的に起こると。
戦略的に「縮む発送が必要」というようなことが。
同様なことは囲碁界でも。我々はどうしたらよいのか

2018/01/02(Tue)  (19)毒唇(どくしん)主義

4日間も石を握らないと禁断症状もその極に達する。それを救ってくれたのが、年始で来ていた孫娘。「本屋に連れていけ」と。さー困った。未だ引っ越してきたばかりで、街中を歩いたこともない。商店街を歩けばどこかにあるだろう。ところが蕎麦屋、ラーメン屋、もんじゃ焼き、鰻、フグ。寿司。食べる物なら何でもありのこの浅草。だが本屋の無い街だよなー。漸くデパートの片隅に。孫を待ってる間に。やむを得ず私も目の前の一冊を。それが内館牧子の上記文庫本。女性で横綱審議会委員。本人曰く「東北大学相撲部総監督」という。それだけで面白そうだ。横帯に、「たっぷりの愛情に、一つまみの毒」と。その毒が凄い。

2018/01/02(Tue)  (18)新年を期し

毎年新しい年を迎えると新たなる決意をする。今年こそはやるぞ!と。その一つが「日記を書く」と言う簡単なことだ。だが成功したためしがない。文字通り「3日坊主」で終わる。誰からも文句を言われない。黙っていれば誰も知らないのだから。ところが今年からはそうは行かない。弱い自分を律するために、本欄を「日記」としたからだ。昔朝日の「天声人語」で深代淳郎だったか、書けない時は「机をカリカリと掻く(書く)」なんて書いたことがあったが、そうでもしないと、自分を首にしなければならない。
ところで私の仕事は「石を握る」ことだが、年末から今日までそれがない。もう禁断症状。何んとかならないか。

2017/12/30(Sat)  (17)みなさんよいお年を

26日は神に大感謝の日であったが、その時の心配は神は毎日おられるのかなということであった。その後は3日で今年の営業は終わった。どうも神は不在であったようだ。
百田は続ける(本のタイトルは忘れた。確か「会話力」的なものであったような気がするが。私は本は読了したら即会社の書棚に並べ、希望者がいたら即差し上げることにしているので当然手元にはなく確かめられない)
ガガーリンは大司教に会った後○○大統領。(これも名前は忘れた)「宇宙に神はいたか?}「いました」「それは他には絶対言うな」唯物論の世界に神が出てきては具合悪かろう。結局神はその人、その時で、出没自在なのだろう。
それでは大枚を投じて購入したお札は断固として捨てようか。
でも、それもなんだか気になる。壁からそっと外し大事に保管することにしよう。
今私の卓上に田中真澄氏の平成30年のカレンダーが。「人生は今日が始まり」(再起の心訓)とある。
神は崇めつつ、しかしそれに頼ることなくあらたな世界を切り開くべく、日々の自己研鑽努力を皆様にお誓いして、新年を迎えることにいたします。

2017/12/27(Wed)  無神論者の神だより

開店早々に来店された谷口照生さんという方から早速メールをいただいた。「熱気あふれる碁会所に成長することを期待する」と。私は甘い人間で初日はこんなものだろうなんて思っていたが、頭を殴られたような気持。期待というのは今はそうなってないということだろう
どうしよう。私の出来ることは何か。そうだ神様にお願いしよう。私は今まで神の存在を信じたことはない男。でも「苦しい時の神頼みという言葉もある。手のひら返しで早速従業員代表を一人連れ「商売繁盛神田大明神」へ。お札を購入(それがいけないんだ。授かるとか言え!でも紙1枚で○○○円。高いんだ)社内に掲示した。
その翌日26日。所用で4時に出勤。なんと満席。熱気があふれている。感激。神様谷口様ありがとう。
でも、神様は毎日いてくれるのかな。
百田が書いている「ガガーリンが地球に帰ってきたとき、大司教に「宇宙に神様はいたか」「いえいませんでした」「そのことは他に言わないように」と。

    


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