新いずみ囲碁ジャパン神田

社長日記


2019/07/16(Tue)  184)14日。サンデーリーグ結果報告

今回は何故か上位者が集中し激戦となりました。
優勝。
堀史郎(ランク13)4戦全勝でランクアップ(いずみ最強位更新となりました。
準優勝。
大東栄夫(ランク16)充分な休養が奏功。範とすべし。と言うのは、上位常連の○○氏。前夜の深酒でメタメタ(本人談)と。まあ若くて健康だから出来ることだが。まあ程程に。
3位。
猪原伸彦(ランク14)。大病を克服されての快挙。本当に
    おめでとうございます。
奥永辰子(ランク16)昔中国囲碁訪問団を結成し訪問したこと
    があり中国側がその強さに舌を巻いたことがあった。
    棋力ますます盛ん。
三田嘉也(ランク19)別途の令和ランクリーグで2ランク連信
     にも関わらず。
安藤満彦(ランク20)。会場に1時間も前に。事前勉強。
     努力は必ずいつか現れるものですねー

2019/07/14(Sun)  183)ワイガヤ進む

HPで「ワイガヤ教室」の文字を見て訪ねて来る方が増えた。只誤解を招かないよう、その内容を確り説明がいるなと感ずる。まず「ワイガヤ」というのはふざけた名称ではない。もう何十年も前になるが、私が現役時代、経営コンサル会社「日本能率協会」を招いて「経営革新委員会」に活動参加してもらったことがあった。その時彼らが言ったのが「ワイガヤ」という新語だった。その意味するところは「会議の態様」についてであった。従来の会議はエライ人の演説が多かった。それが無意味というわけではないが、真に身につく会議成果は、自分も参加発言がなければ駄目だと。上下一体、ワイワイガヤガヤやるべしと。
要するに全員参加型が大事なのだと。それをワイガヤ会議と称したのだ。それを借用したわけだ。ふざけた用語ではなく純然たる経営用語なのだ。
それを「囲碁教室」という特殊な環境の中でどのように生かすか。それには従来の教室の概念を根底からひっくり返さないといけない(続)

2019/07/08(Mon)  182)17回あすなろ交流戦報告

優勝。碁楽会A.大津良春(ランク16)和田圭太(ランク18)中本昴希(ランク27)。
準優勝。碁楽会B.長谷川実(ランク16)。柳川健統(ランク17)今井正充(ランク24)。
個人全勝者。和田圭太。長谷川実。泉本良末(ランク24)
前回常勝碁楽会。負け知らず広島の如しと書いた。時代り今回はジャイアンツの如しと言変えねばならぬが。
今回話題を独占したのは和田圭太君であった。小学校3年生。前回ランクアップし、また今回全勝。文字通りやるたびのランクアップを実現している。
単にどんどん強くなっているだけでなく、その性格も素晴らしい。局後破れた年配の相手が、「どこが悪かったか」と教えを乞うたら、即さらさらと複雑な定石を並べ、形勢判断は‥……と。
その年配の氏が「僕の先生になってもらえないかと」
両者なかなかですねー。

2019/07/06(Sat)  181)Iリーグ(2)

Iリーグなる言葉を世間に知ってもらう、さらにそれが「世論」にまで成長して来れば、碁界も面白くなるのだが。それには先ずその概要を説明せねば。
だがその氏の壮大な計画をを論ずるのは大変。象を論ずるにその足の一部を、或は鼻の先だけを触って「これが象だ」と。そんなことになってもまずいが、私の特に関心を惹かれたところから。この計画の粒子、出発点は、村の「おらがチーム」の結成だ。別にそこに住んでいなくても構わない。
ふるさと納税をする人は、謝礼品のことで騒がれているが、本質は出身地への深い思い入れであろう。そう言う方がチームの一員になっても構わない。小さなチーム。別に大した金もかからないだろう。隣町にもチームが出来るかもしれない。交流戦でもやるべーとなればしめやものだ。村報の記事にしてもらおう。参加の子ど達の名前がどんどんでてくれば。


2019/06/30(Sun)  Iリーグ創設。

Jリーグが何かを知らない人はいないでしょう。Bリーグは?。恥ずかしながら私は知らなかった。
Tリーグは?。フアンから叱られるだろうが
卓球のようなマイナーなスポーツ(失礼)でも近時は億を稼ぐプレーヤーが出てきているとか。では
Iリーグと言うのは何ですか。これは誰も知らないでしょう。
それは当然です。今は地球上に存在しないのだから。
日本の碁界は衰退の一途とか嘆く声は巷に満ち満ちている。何とかしなければと思いそれなりに努力している人はいるが、その退勢をV字状に転換するようなエネルギーはない。そこへ「I(Iは囲碁の頭文字)リーグ設立論をひっさげて登場してきた男がいる。その名は星野幸彦。氏が日本棋院に提出した原文をみて、私は「やられた」とショックを受けた。多分内容から見てJ,B,Tから発想したのではと思われるが。さて我々はどうしたらよいのだろう。その構想を私なりに解釈しそれについての所論を世に提起したいと思う。今後シリーズ的に書いて行こうと思う。組織の一員と言うことではなく、一個人の立場から。、





2019/06/30(Sun)  179)ワイガヤ4回目。不測の事態

私は大したことは出来ないが、会社を休むことは滅多にない。ところが、その日(6月29日)は入院中の妹の家族から容態がよくないという連絡が早朝にあった。さて困った。未だ発足間もないワイガヤ教室の日だ。右せんか左せんか。
迷った挙句まず出社する。状況を見てから病院へと方針を決めた。
出社し室谷校長に相談。氏はこちらはしっかりやるから病院へ行けと言ってくれた。それは有りがたい事であったが、マンツーマンを標榜している教室だ。スタッフが一人掛けても「看板に偽り」となってしまう。
そこへなんと前に書いたことのある「伊藤智明」さんという助っ人が現れた.天のさい配か。助かった。これで安心して病院へ。そちらは小康を保っていることを確認し会社に帰ったのは6時を過ぎていた。そしたら(続)

2019/06/24(Mon)  178)ワイガヤ3回目。年齢の功徳

ワイガヤだから一見無秩序。だが回数を重ねてくると自ずから方向性が見えて来る。取りあえず、先ず先生を。
毎回熱心な大西さん。
「来てみてとても面白い。友達を連れてきたいのですが」と。
はい構いませんよと私。
「でも先生を増やさないといけないのでしょう?」
この方女性税理士さん。こちらの懐勘定まで心配してくれる。
私も齢だ。全て「脱計算」成果を急がないと。
生徒さんの中には私の知らない方もいる。
近藤さんと言う方。
初段と言う申込み。この教室は全てランク制だが最初はランクがないので、先ず5子で棋力の測定を。
なかなかよく読めている。先生も危うい。まあ最終的には、隅の定石を間違えられて無念の投了。
「ミスは1回だけでかなりの棋力です。まだこれからどんどん伸びるでしょう。お若いのですから」と私。
これがまずかったか。若造(?)が偉そうにと思われたのかも。
「貴方はおいくつですか」と
昭和一桁ですよ。
?。わかりました。すみませんと。年齢の勝利。だがそれは先が短いと言うことでもあるが。
まあワイガヤですから、何でもありの教室です。


2019/06/16(Sun)  177)ワイガヤ教室。2回目。助っ人現る

なにしろワンツーマンだから先生の数が生徒の数だけ必要だ。それを前号でも訴えたのだが。
当日は大雨で一般のお客でも「今日はお休み」続出の中で、店頭に現れたのは、「伊藤智明」さんと言う方であった。囲碁クラブ「遊星会主宰」をされている方だ。言ううなればその道のスペシャリストだ。今日は都合がついたのできましたと有難い話だ。こういう方を客員講師と呼ばせてもらおう。当日は新たなる生徒として「三輪英美」「大西真理子」という新jたなる女性が二人。
それがまた熱心。この教室は時間制限がない。閉店時間まで続くのだ。伊藤さんも吃驚したのでは。取り敢えず急ぎ投稿。
段々形になって来た。

2019/06/14(Fri)  176)続ワイガヤ教室

小刻みに書くので断片的になるのでお許しを。なかなかアーモンドにはたどりつかない。
@先生候補のリストを作ろう。先生と言っても毎日勤務する訳ではない。月に1日。それが無理なら2月に1度でも構わない。1年となると私はいないかもしれないので少し先過ぎるが。
その数は多ければ多いほど。多多ますます弁ずというわけだ。何故なら、そうすれば生徒はいくら増えてもびくともしない。まあボランテアと言っても、何もしないわけにはいかないだろう.零細碁会所でも謝意という心はある。どうするか。
通常頂いている「入場料」を謝意に代えるのだ。
そして先生はその日は前半。生徒との有言対局。教える喜びを満喫してもらう。後半をそれを離れた一般(生徒ではなく)の「無言対局」(碁が最も楽しいのは同レベルの相手と対局できることだ)を楽しんでもらう。充実した1日と思いませんか。
まる2早速ノートを買って来よう。氏名は当然、電話。携帯。アドレスを入れておけばいつでも連絡依頼が出来る。「先生。今週は生徒が多すぎて困っています。お出でいただけませんかと言うわけだ。あーやることが次々増える。85歳。体力能力は著しく減退しているが、この程度の事ことなら。やることが面白いと全然疲れない(続)

2019/06/13(Thu)  175)一粒で二度甘いアーモンド(ワイガヤ関連)

教室を作るにあたって先生の問題がある。私は創業以来20数年先生というものを一度もやったことがなかった。自分にその適性がないと思っていたからだ。
その間教室は無数に作ってきたが、先生はその筋の専門家任せであった。
今回のワイガヤ教室の本質が「マンツーマン」であるとするならば、生徒数は一定数に限定しなければならない。そんなに先生がいないからだ。そこで仕方ない。先生の助手として、私も立候補してみた。それをやってみたら、自分自身も結構楽しいのだ。
只何といっても先生の数が足りない。そこで苦肉の策。
親しいお客さんに、先生の補助をしてもらえないかとお願いしてみた。
その反応が素晴らしかったことは最初にも書いた。皆「人のためになりたい」と思っているのだ。
高齢化と言うのは要介護者が増えると言うことだけではなく、仕事がなくなっても、何か役に立つことをしたと思っている人も沢山増えるということだ。。あー又原稿が飛んでしまう。とりあえずここで投稿しよう.ともかくそう言うことを考えると次々と発想が展開して止まらない.続

    


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